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IMG_000003_5.png

絵板で描いたメイドさん。
「全てのものに生命は宿ってる」
これは初回の咲のセリフですが、この一言がssの世界観のベースの一つとなっています。
アニミズムという言葉を知っている人にはすぐにわかると思いますが、このセリフはアニミズムそのものですよね。
精霊が存在するのも、このアニミズムが世界観のベースとなっているからです。

何をいまさらそんなことを言ってるのかと思われるかもしれませんが、ssの世界観をもっとよく理解するためにもアニミズムについて少し説明しておきましょう。
とは言ってもアニミズムについては言葉自体は知っていたんですが、詳しい事までは知っているわけではなかったので、いろいろな資料を調べたものを簡単にまとめてみました。

アニミズムとは
宗教の原初的な超自然観の一つ。
元々、「息」や「霊魂」を意味する「アニマ:Anima」というラテン語に由来し万物に霊魂が宿るという観念であり、さらに、自然のあらゆるものが内的に霊魂を持った生きた存在であるという考え。
また、アニミズムにはさまざまな霊的存在への信仰や自然崇拝という意味も含まれているということでした。
「アニメーション」という言葉も元々は「アニマ」からきているみたいですね。

アニミズムという言葉を最初に用いたのはタイラーという文化人類学者ですが、タイラーは「原始文化」という著書の中で宗教の起源を説明する為にアニミズムを用いました。
神性な物の中に霊魂や精霊のような超自然的な存在を見出した原始民族が、それを崇拝する事を目的として宗教が始まったというのです。

しかし、タイラーのこの考えは弟子であるマレットのアニマティズムという観念によって否定されることになります。
否定といってもアニミズムを否定したというわけではくて、アニミズムは認めるが、宗教の起源はアニミズムではなくアニマティズムであると考えたという事です。
必ずしも原始民族は神聖な物の中に超自然的な存在を認めていたわけではなく、それには何か活力のようなものが宿っている。


その観念は咲のセリフからも分かるように
現代の人々のなかにも生きています。
人々はあらゆる物の中に霊魂や精霊が宿っていて、それらはその物的な容器や肉体から離れることができ、また、容器や肉体が壊れたとしても
生き続けるものだと信じています。
また、この世界を形成している大きな自然物は精霊の住処であると考えられ、動物は生きている限り霊魂を持ち、死後霊魂は再び別の体に宿るまで精霊になります。
ssでは霊魂と精霊の区別はないようですが、たぶんその他の霊的な存在を含めてすべてが精霊として描かれているのでしょう。



アニミズムがベースになっているssでは精霊が存在するのも当然なんですが、
実は3話でこの考え方が大きく揺らぐシーンがあったんです。
それは、ソフトに試合当日に咲が大空の木に話しかけているシーンなんですけど、
そのシーンでのフラッピのセリフに大きな問題があります。
大空の木に話しかけている咲に対して
「木に話しかけてるラピ?」
と言い、さらに
「この大空の木から何かすごい力をもらえるような気がして」という咲に
「きっとこの木は不思議な力を持ってるんだラピ。フラッピたちもこの木のおかげで咲たちと出合えたんだと思うラピ」
と、フラッピは言いました。
このセリフ問題ありますよね。

どこが問題かというと、フラッピが大空の木に宿っているはずの精霊については一切触れずに、「この木は不思議な力を持っている」といった点です。
普通に考えれば、アニミズムが世界観のベースとなっているssでは万物に精霊が宿ってるのだから、
この大空の木にも精霊が宿っていると考える方が自然です。
だとしたら、フラッピはここでは大空の木に宿っている精霊について触れるはずですよね。

それなのに、仮にも自らを花の精と呼ぶフラッピ自身が大空の木に宿っているはずの精霊の存在に触れないのはおかしいですよね。
さらに、木に話しかける咲を不思議がっていることもおかしいです。
フラッピだって元々は花に宿っていた精霊だったはずなんですから、このシーンではフラッピは咲が大空の木の精霊に話しかけているんだと
考えるはずです。

物体に精霊ではなくて不思議な力が宿っていると考えるのは、アニミズムではなくてアニマティズムなんですよね。
アニマティズムというのは、物体には霊魂や精霊などが宿っているわけではなく、ある特別な力をもっているんだという観念で、
同じような意味でマナイズムという言葉もあります。
ゲームを好きな人ならマナって聞いたことありますよね。最近のゲームなら聖剣伝説とか。あのゲームはやったことがないのでどのような内容なのかはわからないんですが、
マナというのは物質的な力とは異なる超自然的な力で、あらゆる物体に宿っているものです。
ということは、、アニマティズムやマナイズムで考えた場合には、精霊の存在は必要なくなってしまいます。

結局、フラッピは自分が精霊であるのに大空の木に精霊が宿っていることに触れずに不思議な力があるといってしまったために、自らの存在を否定してしまいました。

だから例えば、「この木は不思議な力を持っている」というセリフが
「この木の精霊は不思議な力を持っている」であれば何も問題は無かったでしょう。
アニミズムとアニマティズムは共存する観念ではあるようですが
アニミズムとアニマティズムははっきりしておいてほしかったですね。
ちょっとわかりずらいです。

それでも、ちょっと強引な解釈をすればフラッピが精霊のことに触れなかったことも一応説明は出来ますが。
それは、大空の木と世界樹が同じもので、大空の木は泉の郷にある世界樹の一部が緑の郷に現れたものであるとすることです。
世界樹自体がどのようなものであるのかもまだよくわからないんですが、世界樹と大空の木には何か関連がありそうですし。
オープニングで大空の木が輝いているシーンもあるし、大空の木には重要な役割があるはずです。
そう考えればフラッピが大空の木の精霊の事に触れなかったのも、世界樹本体には精霊がいるのかもしれないですが、
その一部である大空の木には精霊の存在を感じられなかったからなのかもしれません。

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